라도 보다

radoboda

表現パターン30本の動画で31回

せめて見る、一度でも見る

-라도 は名詞に付いて「~でも」の意味になり、劣る選択肢で妥協することを表す。하나라도 보고 は「せめて一つでも見て」、한 번이라도 봤냐 は「一度でも見たことあるのか」。望みを実現可能な線まで下げる言い方で、SNS에서라도 봤을 것 같아요 は「せめてSNSでくらいは見たことがあるだろう」。本来望んだものが手に入らないことへの不満や妥協の色を帯びることが多い。日本語の「せめて~でも」がそのまま当たる。

文体・待遇レベル: くだけた話し言葉

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